俺はもともと本を読んだり日記を書いたりするような人間ではない。軍隊においては訓練と実戦がすべて、それ以外の読んだり書いたりということは面倒で、しかたなく記録をつけるくらいしかしたことがなかった。その俺がなぜ日記など、それも人に隠れて書くようになったか、それはすべてあの人に対する思いを抱くようになったからである。
あの人、シャープ少佐への思いをはっきりと自覚したのは、あの屈辱的なムチ打ち刑を受けた時だった。以前から少佐の背中にある傷が気にはなっていた。遠慮のないあの人は上官であるという自分の立場を忘れ、俺達の前でも平気で着替えなどしてしまう。その傷を見て胸がドキドキした。その時の痛みがどれほどのものなのか、ひどく気になった。だが意外に早く、俺も変なヤツにはめられてその罰を受けなければならなくなってしまった。
「100か、大したことないな」
「俺も100だった。辛いぞ」
「それくらい楽勝だ」
男同士の間では意地を張り合う。怖がっているところなど決して見せたくはない。まして自分の憧れている人の前では・・・そう、その日までは、尊敬する上官、大切な友人であり、憧れの人でしかなかった。男ばかりの軍隊ではそういう方向に走るヤツも多いと聞いていたが、俺はむしろそういうヤツを軽蔑の眼差しで見ていた。軍隊にいたって女はできる。シャープ少佐などその見本のような人で、そばにやってくる女は数え切れないほどいる。ホモなどはもてないヤツがしかたなく・・・自分がそういう感情を抱くなどということは夢にも思ってなかった。
大勢の兵士の前で上半身を裸にされ、柱に手足を固定される。軍隊ではこのムチ打ちの刑罰はしばしば行われる。罰を受けたものに大きな屈辱と苦痛を与えてみせしめになるし、サディスト心も満足できる、格好の刑罰なのだろう。ムチが振り下ろされる。最初の数回は声も上げずにこらえることができた。だが数回では終わらない。身構える余裕もないほど次々とムチはふりおろされ、呻き声がもれてしまう。こうなると回数を数える余裕などなくなってくる。少しでも楽になろうとわずかに体をずらしてもがくが、かえって一番痛い部分にムチは情け容赦なく当たる。大きな声で悲鳴を上げないよう懸命に呻き声だけで耐えた。何かを思い浮かべなければ、絶叫し惨めな姿をさらしてしまう。それは神か・・・キリストの痛みを思い・・・シャープ・・・彼もまた同じ痛みを・・・誰よりも誇り高いシャープは決して呻き声などはあげない。苦痛で歪む彼の顔に俺は口付けし、熱くほてった背中を抱きしめた。俺達は同じ痛みと屈辱を感じている。背中のほてりがむしろ心地よい・・・・この体の焼け付くような熱さが・・・・
「終わったよ、よく声も出さずに耐えた。ブランデーをやる。半分はお前の口に、半分は背中に・・・」
目の前にシャープの笑顔があった。口に流し込まれたブランデーを喘ぎながら喉の奥に流した。
「うわー!・・・・アアー・・・・イ・イタイ!」
「消毒だ、いまさら騒ぐな」
「終わったと思って油断していただけだ」
「手当てをしてやるからこい、いいか、辛抱するんだ。敵はかならずとってやるからな」
「かたき・・・・」
「お前をこんな目に合わせたヤツはただではおかない、必ず敵をとる」
「これぐらいどうってことはない」
「無理するな、しばらくは痛くて動けない。俺も経験がある」
「シャープ少佐は俺みたいに騒いだりせず、さぞかし誇り高い姿でムチ打たれたのでは・・・・」
「そんなわけないだろう。俺はお前みたいに我慢強くない。ギャーギャー騒いでいたさ」
「そうだったのですか」
「誰にも言うなよ。俺は見た目ほど強い人間ではない。でも上官として皆をまとめていくには強くならざるを得ない。お前のその強さがうらやましいよ。俺の方がよっぽど感じやすくデリケートだ」
「シャープ少佐がデリケートなんて・・・・」
「だから女にモテる。微妙な女心がわからなければこうはならない」
「自分で言わないで下さい」
シャープ少佐に傷の手当てをされながら、俺はいつのまにか笑っていた。痛みも屈辱も少しも苦にはならなかった。むしろこの人と同じ痛みを感じ、この人の弱さを感じられたのが非常にうれしかった。感じやすくデリケートとはどの部分をさすのだろうか。その時この人の表情は・・・いけない、笑顔に釣られてとんでもない妄想が次々と浮かんでしまった。
「なににやにやしている。もう痛くないのか。意外と鈍感なんだな。俺が精一杯とりつくろって200を100にしてやったんだぞ」
「そんなことないです。かなり痛いです」
「早く傷を治してくれ。お前は俺にとって大切な部下だ」
一番大切な、と言って欲しかったが、多くを望むのはやめよう。シャープ少佐は部下全員を大切にする人なのだから、特別扱いは許されない。でもいつの日か一番大切な部下、いや一番大切な人になって愛し合うことができたら・・・・」
「おい、ハーパー、お前結婚しないのか。もう彼女とは随分長く一緒にいるんだろう。いつまでもそのままの関係じゃ彼女がかわいそうだ。俺なんか出会ってすぐに結婚を決意したぞ」
「そ、そうですが・・・・しかしいろいろと事情がありまして・・・・」
シャープ少佐との付き合いの方がよほど長いのだが、この人は俺の気持ちなどまるでわかっていない。まあ俺だってついさっき気づいたばかりだが・・・・・
−つづくー
後書き
テレビを見た勢いで書いてしまったシャープシリーズの「ハーパーの日記」意外とスラスラかけてしまって自分でも驚いています。
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1、痛みで自覚した秘めた思い